・「ヘロルドのシャコンヌ、これはよくできてますね。低音で長い下降音型の後、高音で長い上昇音型、対応を意識してください。」
・「同じ音の繰り返しは、音が切れても構いません。むしろ、切れた方が良い場合が多いです。」
・「こちらの作者不詳のシャコンヌは、ゆっくり弾いたらどうでしょう。その方が装飾をたくさん入れて面白くできますよ。」
・「これらのシャコンヌは低音が繰り返しではないんですね。」「低音がずっと繰り返すのは18世紀初頭以降の、シャコンヌの歴史ではかなり遅い時期からです。大半のシャコンヌは、舞曲の自由な変奏曲だと思った方がいいですね。ただし、どうも共通項はあるようで、曲中に一箇所は低音が順次下降する変奏がある場合が多いです。」
・「ニコラス・バルドックのガット弦(カテドラル)は一人で作っているようですね。注文してからも到着が遅いです。以前は漂白無しの真っ黒い弦を、歴史的だとして送ってきたこともあります。漂白無しだから臭いもありました。彼はコントラバス弾きですが、現在は病気のため弾けないようです。弦はまだ作れると言っているので最近注文しました。コントラバス奏者としても優秀で、各地のバロックオーケストラで弾いていましたよ。ブリュッヘンのところとか。イギリス人ですが、ドイツにお城を買って住んでいます。もとは裕福なんでしょうね。(コントラバス奏者の稼ぎでお城は買えない。)」
・「グライフにある特徴で、現代の製作家がやっていないことってありますか?」「細かい点では二つありますね。一つはペグの穴で、まず穴は非常に大きいので、低音弦には相当太い弦を張っていたことが分かります。また穴の位置はペグボックスの中心付近に空いています。現代の楽器は穴がもっと周辺にあるので、太いガットが2,3回しか巻けません。」「なるほど、ローデッド・ガットのような細めの低音弦は(少なくともグライフでは)使ってなかったわけですね。」「もう一つは表面板です。グライフはほぼ真っ直ぐです。ごく僅かな落ち込みがあるだけ。」「現代の楽器はだいたいブリッジからロゼッタにかけてかなり落ち込ませてますね。僕の楽器もそうです。」「そこで近年作らせた楽器は、表面板を完璧に真っ直ぐにしてもらいましたが、これは失敗でした。」「え?そうだったんですか?」「真っ直ぐな表面板に弦を張ると、逆に張力で浮いてしまったのです。だから、やはり昔の製作家も僅かには落ち込ませて製作したのでしょう。オリジナル楽器は経年変化で真っ直ぐに近くなっているのだと思います。楽器はまた修理しなくてはなりません。」「それは大変でしたね。しかし、現状の楽器の仕様で満足しているのに、失敗を恐れず、さらにオリジナルに近い仕様で製作を依頼することが素晴らしいと思います。」「オリジナルに近づけることで、大抵は良い結果になりましたからね。修理の費用はこっち持ちだけどしょうがない。こっちが言ってやってもらったんだから。」
・「グライフのリブは異常に数が多いですが意味があるんですか?」「まあ、より円に近づくことで音響の効果が違うと考えたんでしょうね。しかし、最大の理由は木材だと思います。イチイはその頃(1611年)には伐採が禁止されていたんですよ。だからグライフのリブはたぶん幹ではなく枝です。枝と言ってもある程度の太さですが、そこから楽器に使える部分は細くしか取れない。それをたくさん貼り合わせたんでしょう。」「そこまでしてもイチイが良いんですね。」「イチイは反応が速く、繊細な表現ができますが、その分、扱いは難しいです。楓の方が楽ですね。象牙はその最たるもので、反応は鈍いけれども、まあ誤魔化しが効いて音は美しいです。」