佐藤豊彦氏所有楽器 オリジナル・リュート「グライフ」について

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リュートの銘器「グライフ」

ドイツのニュルンベルクとミュンヘンの間にあるインゴルシュタットは1472年から1799年まで宗教と芸術の町として栄えた。フュッセン出身のリュート製作の大家ローレンツ・グライフは1593年頃にインゴルシュタットへ来て工房を開き、途中で幾ばくかの空白はあったが、1631年に家具製造家に工房を譲るまでの約40年の間この町に於けるリュート製作を取り仕切った。

イギリスの外交官トーマス・ホービイ卿が1548年の真夏にドイツのシュトラスブルク(現在フランスのストラスブール)からアウグスブルクを経て、さらにフュッセンを通ってイタリアのヴェネツィアへ旅した。その時の記録に「ここ(フュッセン)では最高の完成度でリュートが製作され、ヴェネツィアやその他の町へ送られている。」と書かれている。つまり、フュッセンでは町をあげて各家庭でリュートが製作され、ヨーロッパ中の都市に出回っている高名なリュート製作家のもとへ送られたのである。でなければ、16世紀のボローニャでリュート製作の巨匠として高名であったラウクス(ルカス)・マーラーが亡くなった時「工房に500台以上ものリュートが掛かっていた。」という話は嘘になる。一生掛かっても1人で500台のリュートを作ることは難しい。それも残りだというのであるから、その数倍もの数を作ったことになる。

この楽器は、恐らく1610年に、ローレンツ・グライフ(Lorenz Greiff)によって10コースのルネッサンス式調弦を持つリュートとして作られた。ボディーの内側には[Laurentius Greiff me fecit Ingolstadij, Anno xxxx]と印刷されたラベルが貼られている。つまり「この私ラウレンティウス・グライフによってインゴルシュタットでxxxx年に作られた」という意味である。ラウレンティウスはローレンツのラテン語読みである。実はxxxx年というのははっきりとは読めないが、修復のため楽器が開けられた際、ラベルを虫眼鏡で詳細に調べたところ、先ず16xxと読める。次に3つ目の数字は上部が尖っている数字であることが読み取れるので、1か4である。そして最後の数字は上部と下部が丸い、つまり0、3,6、8のいずれかである。そして中央部が空白である。つまり0である可能性が高い。と言う所から1610年が割り出された。もう1つの理由は、1612年にはヨハン・フィヒトルト(Jonann Fichtold)がグライフの代役としてフュッセンから招応され、グライフは一旦故郷フュッセンへ戻っている。その後グライフがいつインゴルシュタットへ戻ったかは明らかでない。つまり、1613年から1618年の間はインゴルシュタットに居なかった可能性が高い。

グライフのボディーの内側にはもう1つの手書きのラベルがある。何が書かれているかは読み取れないが、最後の1673年ははっきり読める。その年に、恐らく同じインゴルシタットで11コースの通称フランス式バロックリュートに作り替えられた。それを行ったのは、1660年頃フュッセンからインゴルシュタットへ移住したリュート製作家ヨハン・コルプ(Johann Kolb)であろう。とすれば、そのラベルはヨハン・コルプの書いたものである。その状態で1990年まで南ドイツの或る貴族の館に保存されていた。1990年に小生の手に渡った後、オランダのリュート製作家ニコー・ファン・デア・ヴァールスによって4年間掛かって修復された。弦も歴史的なガット弦を使用することによって、400年を経た今その夢のような美しい音色が再現されたのである。

このリュートによる録音にはChannel Classicsレーベルから「自由奔放な様式(Style brise)」(ゴーティエ、デュフォ、ガロなどのフランス音楽)、Nostalgiaレーベルから「華麗なる様式」(ヴァイヒェンベルガーの音楽)、「リュートの飾り棚」(ルサージュ・デ・リシェーの音楽)、「カンタービレ様式の至芸」(ラウフェンシュタイナーの音楽)がある。2013年春にはドイツのCarpe Diemと日本のNostalgiaのダブル・レーベルで「ロベール・ド・ヴィゼーのリュート音楽」がリリースされる予定である。

 佐藤豊彦氏 著

 

※2016年10月管理人追記

2012年に、上記のオリジナル・リュート「グライフ」に関する解説を佐藤豊彦氏に執筆して頂きました。その後、2012年に「グライフ」は、アルゼンチン人のリュート製作家セバスチャン・ヌニェスSebastián Núñezによって再修復されています。その際に、ラベルの解読にも成功し、製作年代は1611年と判明しました。さらに、2013年以降にも佐藤氏は「グライフ」による録音を次々と発表しています。2013年発売の『ロベール・ド・ヴィゼーのリュート音楽』、2015年発売の『名器「グライフ」によるバッハとヴァイスの音楽』、2016年発売の『エザイアス・ロイスナーのリュート音楽』、いずれも総ガット弦による演奏です。詳細は当サイトの「佐藤豊彦氏リュートソロCD」の項をご覧ください。

また、古楽情報誌「アントレ」の1997年3月号 No.086に、佐藤氏の文章で、「グライフ」の入手から、ニコー・ファン・デア・ヴァールスによる修復、最初の録音『自由奔放な様式(Style brise)』に至る経緯が掲載されています。バックナンバーとして、下記公式サイトから入手できるようです。
http://www.auditus.jp/entry/e1997.html

オリジナルのリュートがたいへん貴重であることは言うまでもありませんが、この「グライフ」はその上、「表面板が1611年当時のもの」「1673年に11コースに作り替えられたのち、後世の改造が無い」「杢目の詰まった表面板やイチイの裏板など、最高の木材が使用されている」等を兼ね備えた、厳密な意味でも歴史的と言える銘器です。これからも佐藤氏とともに末永く、その古雅な音色を響かせてくれることを願っています。

 

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